そばこもぐもぐ。

雑食の雑文です。

垢を分けるという素朴な疑問について考えてみる。

垢訳の是非という話ではなく、不思議だったの。

ツイッターで興味範囲によって複数垢を使いわける人、いるじゃないですか。あれ、ずっと不思議でした。なんで垢を分けるんだろうなーって。その人を知るにあたり、様々なことを知りたいなって思うんですが、それじゃダメなのかなーって。で、「ツイッター 垢わけ」でググッてみたら(ググッてみたらシリーズ多いな)同じように疑問をもっている方(しかもスタダも守備範囲だった…!)のブログはっけーーーん!

ameblo.jp

かくいう私も”リア垢”を持っています。

私も本名のアカウントを一つ持っていて、昔はそこで好き勝手つぶやいていたんですが、結構そのことについて良くないと意見をもらうことがあってですね。あと、当時超特急についてもっと知りたいと思うようになっていた時期に、私は本名+顔アイコンでガンガンフォローするってどうなんだ?と思ったということもありました。私が逆の立場だったら度肝抜かれるわ、と思って。そういう経緯で、超特急のこととか、好きな音楽の話とか、お笑いの話とか好き勝手つぶやくためのプライベート垢を作りました(あと体調に不備が見つかって治療が必要で精神的にもしんどくなってた時に、そういう事情を全く知らないコミュニティを作りたいという気持ちもあった)。でもなんか、プライベート垢に生息するようになってから、そういう分け方とはまた違う、垢分けという現象に出会うになったんですよね。

知らないことを知る、という面白さ。

上記エントリーで考察されていた中で「あぁそういう見方もあるなぁ」とか「いや私のTLではそれは感じないなぁ」とかいろいろ思ったんですが、一番共感したというか、私が不思議に感じてた「それはむしろツイッターの面白さが半減したりしないのかな?」という疑問が下記の部分。

私のタイムラインでは、格闘技の実況とアイドルのライブレポと映画の感想、
ラジオの実況、アダルトビデオの話題、サッカーの試合結果などが
同時にツイートされています。
(中略)

全然別のジャンルの人が複数人同じことについてツイートし出す。
繰り返しツイートされると目が覚えてくる。
知らないけど知ってる状態が続き、それはだんだん「気になる」に変わってくる。

 そうそう。自分が興味を持っているものに興味を持っている人のツイートということに信頼性が生まれるんですよね。だからその人が熱量を持って話すことについてすごく興味がわくんです。

アイドルだったら近くに来た時、見に行ってみようかなと思うし、
ちょっと動画見てみようかな、と思います。
そんな体験を繰り返していると、だんだん「この人が言うなら」という
信頼できる人が現れます。

それが、垢分けられると他ジャンルのことつぶやかないからわからない。
せっかくおもしろいことをたくさん知っている人だったとしても、発信力が弱い。
それはもったいないな、もっと教えてくれよ。私がそれ、好きになるかもしれないじゃん。

私もフォロワーさんのおかげでだいぶ守備範囲が広くなりました。今までのコミュニティでは知る機会がなかったもの、知っていても興味がわかなかったもの、むしろ「私はきっと好きじゃない」と思っていたものさえ、好きになったものがあります。それは「自分の好きなものを好きと言っている人の好きなもの」だったからであり、それがいろいろなアカウントにわかれちゃうと追いかけられないんですよね。

じゃあ他の垢もお前がフォローすればいいんじゃないか問題。

これは垢分けをしている人が気を使ってくれてるのかな、と思ったり、垢分けをしたいと思っている方々のルールに単垢の自分が入るっていうのは失礼なのかな、とか思って考えるのめんどくさくなってフォローしない、っていうケースが多いんですけど、みんなはどうなんだろ。私がフォローしてる人は私が好きな人達ばかりだから、無理にその人のルールを踏み越えてまではコミュニケーション取るってことはしたくないんですよね。でも、上記の理由によりその人の好きなものを知れないのは寂しい。

極める「深さ」と領域が「拡がる」面白さ。

一つ、自分の経験で仮説を立てるのだとすれば、好きなものをより自分の言いたい深さで話すという面白さと、「私こんなことも好きになれるのか!」という領域が拡がる面白さっていうことで考えると垢を使い分けるという意味がまた違って見えたりもするかな、と思ったりしました。

一つのことをグググっと極めたいというか、深く深くそのことについて語りたい時に、垢を使い分けるというのは結構有効な手段なのかもしれないな、と。私もそういう時期あったし(当時はツイッターっていうツールはなかったから、本当に一人で悶々と考えてたり、mixiコミュニティとかで話してたくらいだけど。あぁでもmixiコミュニティだけで話せる、みたいな感覚は今の垢分けと同じような感覚だったかもなぁ)。私の場合は若い頃自意識過剰だったので、好きなものを上手く好きと言えなかったり、それを好きと言ってる自分が許せない、みたいな時期があったので、今自分が好きなものを好きと言えていることが楽しくて仕方ないんですよね。だから好きなものへの楽しみ方が違うのかな、と自分なりに整理してみました。

いろいろ教えてください。

結論は、好きな人達の好きなものをいろいろ知りたいと私は思っています。んで、基本ツイッターは自分の書きたいことを書ける場所なんで、読んでる側が読む人を決めたらいいんじゃないかな、と。スタダ、ジャニーズ等のジャンルにおいてはようやく「無知の知」の領域に入れたな、っていう感じなんで。だいたい、好きなものを好きということに遠慮はいらないぜ。と個人的には思っています。単垢派だからなのかもしんないっすけど、こちらからは以上です。